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Composition

氏名 クラス 日付

ヒューリー・モア, Composition (1933), British Council. 参考用として複製。著作権は権利者に帰属します。

基本情報

作家
ヒューリー・モア wikioo.org/ja/artists/hiyu-ri-moa_ja/
制作年
1898 – 1986
彩色済み
1933
原寸大
400 x 584 cm
様式
Cubist Influence
開催場所
British Council wikioo.org/ja/museums/british-council-london_ja/

文脈内

Composition — ヒューリー・モア

サイズについて

原寸は 400 × 584 cm (高さ × 幅) で、ここでは平均的な身長の成人と比較して表示しています。 このページ上では、原寸大で表示するにはサイズが大きすぎます。

制作年

  1. 1890
  2. 1900
  3. 1910
  4. 1920
  5. 1930
  6. 1940
  7. 1950
  8. 1960
  9. 1970
  10. 1980

Shaded: ヒューリー・モアの生涯 (1898–1986) ▲ 本作品、1933

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カラーパレット

画像より計測

    主な色

    Phthalo Green #35250d

    登録済みパレット

    • #35250D
    • #C2C2C5
    • #6F5E36
    • #A09C9B
    パレット
    Neutrals 作品の中で主要な色調。
    主な色名
    Phthalo Green
    彩度
    Monochromatic 単一の落ち着いた色調から、多彩で鮮やかな色彩まで、色の彩度やバリエーションの豊かさ。
    コントラスト
    Statement 作品全体における、色の明度と彩度の差異の度合い。
    調和
    Strong Color Unity 対照的な色合いから完全に調和したものまで、色彩がいかに美しく響き合っているか。
    明るさ
    Bright 深い影から明るいハイライトまで、作品全体の明暗の度合い。
    彩度
    Muted 限りなくグレーに近い色合いから、鮮やかな色彩まで、その純度と強さが際立ちます。

    この作品について

    Composition — ヒューリー・モア

    When Henry Moore died in 1986, he left a legacy of primeval public monuments across the world. From Scotland to Saudi Arabia, his bronze and slate-coloured hulks brood over the landscape like monoliths from an earlier era, presiding over our global disasters with a prophetic power. Moore’s sculptures were born out of two world wars and the glories of the machine age, yet their rugged textures and simple forms were inspired by the Yorkshire countryside of his childhood. It was this duality, of nature and modernity, which instilled in the sculptures a timeless quality that has had a lasting universal appeal. It is perhaps because of this that Moore’s relationship with the British Council was a close one throughout his career. The British Council Collection includes sculptures, paintings, prints and sketches by the artist, and for many years his bronze sculpture Large Spindle Piece (1974) sat on a plinth outside their headquarters on The Mall in London.The sculptures featured in this exhibition were all made in the 1930s at a time when Moore was living in Hampstead with his wife, Irina Radetsky. The North London suburb was a playground of the bohemian set and many artists had settled there, including Barbara Hepworth, Ben Nicholson and Naum Gabo, all of whom had an influence on the young Moore. Each of the three sculptures plays a vital role in revealing Moore’s move towards abstraction. He had already rejected tradition, preferring non-Western art over classical figures of the Renaissance and the Graeco-Romans, and Girl with Clasped Hands, made the year after his marriage, is clearly inspired by an ancient Sumerian sculpture he had written about after visiting the British Museum. At the time, Moore had been very influenced by the critic Roger Fry, and in particular Fry’s book Vision and Design (1920), which propounded the theory of significant form. The eyes, hands and breasts of Girl with Clasped Hands evoke primitive sculpture, especially through the positive/negative switch Moore made by drilling holes into the breasts where the nipples should have been.The 1930s were also characterised by Moore’s admiration for Epstein and Brancusi, artists who insisted on direct carving and truth to materials. Moore was fascinated with Surrealism, too, and he even signed the manifesto in 1936. Composition, made in 1933, is an undulating concrete form that appears intent on stretching beyond the capabilities of its rigid medium. Its emerging breasts and nipple, and the yawning cavities, are suggestive of a human form struggling to break free. Moore’s love of Surrealism, coupled with his move towards abstraction, can be seen in this work as a friction between the two opposing forces.In 1934, he visited Spain, and as a consequence was very much affected by the outbreak of the Civil War in 1936. He petitioned Parliament on their non-intervention and even tried to travel to the country as part of a delegation of artists and writers that included Auden and Spender, but he was refused a travel permit by the British government. One of the sculptures to emerge out of this time is Mother and Child, a strange, amorphous form in which two figures appear to be melting into, or emerging out of, one another. Naturally, the work continues to embody Moore’s conflict between the opposing forces of Surrealism and abstraction, but more significantly it is highly charged emotionally, as a response to the outbreak of war in Spain. It was an early indication that this sculptor would become a powerful critic of the Second World War and a sensitive recorder of the plight of the common man caught in the crossfire.(C) Jessica Lack 2009

    アーティストと美術館

    作家

    ヒューリー・モア

    生誕地 キャスルフォード, イギリス

    形に刻まれた生涯:ヘンリー・ムーアの世界

    1898年、ヨークシャーの炭鉱の町キャスルフォードに生まれたヘンリー・スペンサー・ムーアは、20世紀において最も重要かつ国際的に称賛されたイギリスの彫刻家の一人としてその名を馳せました。質素な始まりから世界的な名声へと至る彼の道のりは、芸術的探求への揺るぎない献身と、人体および自然界との深い結びつきの証といえます。独学で学びを続けた情熱的な父は、教育の力を信じ、息子を炭鉱労働者の運命から遠ざけ、正規の教育へと導きました。幼い頃からムーアは粘土をこね、木を彫るという天賦の才能を見せており、それが後の彼の人生の軌跡を予兆していました。この手触りのある素材との初期の関わりが、三次元的なフォルムによって定義される彼のキャリアの礎となったのです。ヨークシャーのなだらかな丘陵地帯で育った経験は、彼の美意識に深い影響を与え、その作品には故郷の風景を彷彿とさせる有機的な流動性が宿っています。

    初期のインスピレーションと芸術的発展

    ムーアの芸術教育はキャスルフォード中等学校から始まり、そこで美術教師が彼の才能を見出し、育みました。その後、リーズ・スクール・オブ・アートを経てロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートへと進み、古典彫刻の研究やキュビスムといった現代的な運動に身を投じました。しかし、ムーアは単なる流行の追随者ではありませんでした。彼はこれらの影響を統合し、彼独自の表現へと昇華させたのです。決定的な瞬間は1925年のメキシコ訪問にもたらされました。そこで彼は、特にアステカ文明などの先コロンブス期の彫刻に出会ったのです。それらの作品が持つ力強い簡潔さと抽象的なフォルムは、ムーアの心に深く共鳴し、従来の具象的な制約から彼を解放しました。ここから彼はより本格的な抽象化の探求を開始します。人体をインスピレーションの源泉としながらも、厳密な解剖学的正確さからは距離を置いていきました。この時期に、丸みを帯びた有機的な形状を特徴とし、光と空間を操る「空隙(穴)」を備えた、彼の代名詞とも言える半抽象的なスタイルが確立されたのです。

    横たわる人物と母子像

    そのキャリアを通じて、ムーアの作品群には二つの繰り返されるモチーフが支配的でした。それが「横たわる人物」と「母と子」です。特に「横たわる人物(リークライニング・フィギュア)」は、彼の名前と不可分なものとなりました。これらの彫刻は、単に休息する人体を描写したものではありません。それはフォルムとボリューム、そして人物とその周囲の空間との関係性を探求する試みなのです。うねるような曲線は時代を超越した静寂を感じさせ、一方で断片化されたり貫かれたりした形態は、脆さと強靭さを同時に示唆しています。同様に彼の作品に頻出する「母と子」というテーマは、愛、保護、そして育むことという普遍的な主題を語りかけます。ムーアが描く母子の姿には深い感情の奥行きがあり、親子の親密な絆を捉えています。これらの彫索は理想化された表現ではなく、むしろ人間同士の繋がりを誠実に描き出したものであり、制作された時代の不安や不確実性を反映していることも少なくありませんでした。

    戦時下の回想と公共彫刻への展開

    第二次世界大戦の勃発は、ムーアの作品に決定的な影響を与えました。彼はロンドンの地下鉄の避難所に身を寄せる人々を記録し始め、当時の恐怖、不屈の精神、そして共同体としての連帯感を捉えた一連の力強い素描を生み出しました。これらの「シェルター・ドローイング(避難所図譜)」は、重要な歴史的資料であるだけでなく、彫刻家としての感性を二次元の形式へと翻訳するムーアの卓越した能力を示すものとなりました。戦後、ムーアは数多くの公共彫刻の依頼を受け、学校や病院、公共空間のために大規模な彫刻を制作する機会を得ました。彼は芸術はすべての人に開かれているべきだと信じ、自らの作品を日常生活の中に組み込む機会を積極的に求めました。これらの記念碑的なブロンズ像はランドマークとなり、都市の景観を一変させ、世代を超えてアーティストや鑑賞者にインスピレーションを与え続けてきました。自身の芸術的ビジョンに忠実でありながら、こうした壮大なプロジェクトを完遂した能力が、現代彫刻の指導的人物としての彼の地位を不動のものとしたのです。

    遺産と永続する影響力

    20世紀美術におけるヘンリー・ムーアの影響は否定しようがありません。彼はフォルムと空間に関する従来の概念に挑戦し、抽象の力を示すことで、後世の彫刻家たちの道を切り拓きました。彼の作品は今日においても観る者の心に響き、畏敬の念と深い思索を呼び起こします。1977年、ムーアはヘンリー・ムーア財団を設立し、教育と芸術振興を通じて自らの遺産が永続することを確かなものにしました。この財団は世界中のアーティストや学者、機関を支援しており、創造性と芸術的革新を育もうとするムーアの志を引き継いでいます。彼の彫刻は、人類の創意工夫の不朽の記念碑であり、芸術が持つ変革の力を証明するものとして立ち続けています。

    主要なテーマ: 人体、抽象、母と子、横たわる人物、風景

    重要な影響源: 古典彫刻、キュビスム、先コロンブス期の美術、ヨークシャーの風景

    代表作: 『横たわる人物:1951』、『ファミリー・グループ』、『シェルター・ドローイング(避難所図譜)』

    ムーアの作品は、不屈の人間精神と、いかに困難な状況にあっても見出すことができる美しさを、私たちに力強く思い出させてくれます。

    美術館・博物館

    British Council

    展示場所 ロンドン, イギリス

    生きた対話:ブリティッシュ・カウンシル・コレクション

    ブリティッシュ・カウンシル・コレクションは、単なる作品の収蔵庫を遥かに超えた存在です。それは、芸術という普遍的な言語を通じて文化間の隔たりを埋めようとする、息づく地球規模の物語なのです。地政学的な不安定さが深刻な影を落としていた1934年、美的な対話こそがイデオロギーの衝突に対する解毒剤になり得るという先見的な信念から、このコレクションは誕生しました。国際関係を促進するという使命から始まった歩みは、今や現代英国美術における最も重要な「巡回する至宝」へと進化を遂げています。一つの都市に留まり続ける伝統的な美術館とは異なり、このコレクションは常に動き続ける状態にあります。国境を越えて旅を続け、共感と理解の火を灯すことで、英国の創造性の鼓動が世界の隅々にまで届くことを確かなものにしています。

    このコレクションの核心には、形態と感情に対する深い習熟があり、現代美術の風景を根本的に塗り替えた巨匠たちの作品が収められています。厳選されたセレクションの中を彷徨うことは、

    ルシアン・フロイド

    が放つ、剥き出しの心理的な強烈さと出会うことに他なりません。彼の肖像画は、虚飾を剥ぎ取り、人間の条件というものの、脆く、肉感的な現実を露わにします。それとは対照的に、

    デヴィッド・ホックニー

    による鮮やかで広大な風景画に出会うことができます。そこでは色彩と遠近法が共に舞い、英国の視覚的アイデンティティを象徴するアイコンを作り上げています。これらの作品は単に壁に掛かっているだけではありません。鑑賞者に能動的な関わりを求め、アイデンティティや記憶、そして「視ること」の本質という複雑な問いについて深く思索へと誘うのです。

    コレクションが放つ物理的な存在感もまた、同様に情緒に訴えかけます。特にロンドンのストラトフォードにある建築的文脈の中で体験する際、その力は際立ちます。

    ザウアーブルフ・アトキンス・アーキテクツ

    によって設計された構造物の中に置かれたその空間は、ミニマリズム・デザインの傑作といえるでしょう。建築は豊かな自然光と空間の開放性を優先しており、収蔵された芸術作品を補完する静謐な聖域を作り出しています。この意図的な透明性によって周囲の環境は溶け去り、鑑賞者はキャンバスと一対一で向き合うことになります。それは、現代の傑作を真に吸収するために不可欠な、深い沈思と没入の状態を育んでくれるのです。

    ブリティッシュ・カウンシル・コレクションを他の機関から際立たせているのは、社会的な意義とアクセシビリティに対する揺るぎないコミットメントです。近年の展覧会は、現代が直面する切迫した影から決して目を逸らすことなく、移民、環境の持続可能性、そして社会正義といったテーマに対し、知的な厳格さをもって取り組んできました。多くの展覧会で無料公開を行うことで、この機関はハイ・アート(高尚な芸術)の体験を民主化し、背景に関わらず誰もが美と批判的対話に触れられるようにしています。コレクターやインテリアデザイナーにとって、このコレクションは文化的威信のゴールドスタンダードであり、私たちの世界の捉え方を変え続ける不朽の遺産の証なのです。

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    この作品の引用方法

    MLA
    ヒューリー・モア. Composition. 1933, British Council. https://wikioo.org/ja/art/henry-moore-composition-D4Q87S-en/
    APA
    ヒューリー・モア (1933). Composition [Painting]. British Council. https://wikioo.org/ja/art/henry-moore-composition-D4Q87S-en/
    Chicago
    ヒューリー・モア. Composition. 1933. British Council. https://wikioo.org/ja/art/henry-moore-composition-D4Q87S-en/
    Harvard
    ヒューリー・モア (1933) Composition. British Council. Available at: https://wikioo.org/ja/art/henry-moore-composition-D4Q87S-en/

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    3. 当カタログでは、この作品を bronze sculpture, yorkshire landscape, abstraction として分類しています。この分類は適切でしょうか?追加したい項目や、削除すべき項目があれば教えてください。
    4. このガイドの前述にある A Miner at Work (1942) を改めて振り返ってみましょう。この作品と共通する点を2つ、そして異なる点を1つ挙げてください。
    5. ヒューリー・モア は、この作品の制作当時 35 歳でした。作品のどのような点に、その時期のアーティストらしい特徴が見て取れるでしょうか。

    回答内容

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